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大阪地方裁判所 平成3年(ワ)8481号 判決

大阪市〈以下省略〉

原告

右訴訟代理人弁護士

伊藤健一

安達徹

大阪市〈以下省略〉

被告

朝日ユニバーサル貿易株式会社

右代表者代表取締役

Y1

名古屋市〈以下省略〉

被告

Y1

右被告ら訴訟代理人弁護士

津乗宏通

主文

一  被告朝日ユニバーサル貿易株式会社は、原告に対し、金九六九万〇六一〇円及びこれに対する平成三年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告の被告らに対するその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、原告と被告Y1との間では原告の負担とし、原告と被告朝日ユニバーサル貿易株式会社との間では、原告に生じた費用の三分の一を被告朝日ユニバーサル貿易株式会社の負担とし、その余を各自の負担とする。

四  この判決は、主文第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告らは、各自原告に対し、金二五六〇万円及びこれに対する平成三年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  訴訟費用は被告らの負担とする。

3  仮執行宣言

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1(一)  被告朝日ユニバーサル貿易株式会社(以下「被告会社」という。)は、商品取引所法の適用を受ける各取引所における上場商品の取引並びに売買及びその媒介等を主たる業とする会社である。

(二)  被告Y1は、被告会社の代表取締役である。A(以下「A」という。)は、被告会社の営業担当の従業員であり、B(以下「B」という。)は、Aの上司で、被告会社営業部長心得であった。

2  本件取引経過

(一) 平成三年三月二七日、Aから原告に対して電話があり、面会を約束した。Aは、元有線会社のセールスマンであり、右電話の際も「日本有線のAです。時間があればお会いしたい。」としか告げなかったので、原告は、Aが転職して商品先物取引会社の外務員をしていることを知らなかった。

(二) 同月二九日、Aは、原告を訪問し、被告会社に勤務していることを告げ、「うちの会社では、五〇万円投資して一億円くらいになったのが最高です。絶対にXさんには損をさせません。今大豆を買えば二、三か月で二倍、三倍になります。会社が絶対に責任を持ちます。信用してください。」等と、損失があり得ることは説明せず、必ず儲かるといって、執拗に商品先物取引の勧誘を始めた。Aは、原告に対し商品先物取引の仕組みを説明しかけたが、原告は、商品先物取引どころか株式投資の経験もなく、十分に理解できなかった。その様子を見てAは、「Xさんには分からないだろうが、私に任せてくれれば絶対に損はさせない。」旨申し向けた。原告は、Aの話を信用し、輸入大豆の先物取引に一〇〇万円だけ投資する旨申し出たが、Aは、なおも、一〇〇万円では少ないと申し向け、結局、五〇〇万円を委託証拠金として投資することにした。このとき、原告は、Aに対し、資金繰りの都合上、三か月しか投資できないと話したが、Aは、「三か月で十分です。三か月で二倍、三倍になります。」と答えた。そこで、原告は、同日、被告会社との間で、商品先物取引委託契約を締結した。Aは、原告から委託証拠金五〇〇万円を預かると、被告会社に架電し、大阪穀物取引所輸入大豆一〇〇枚の買い注文を伝えた。そして、Aは、原告に対し、右契約につき被告会社の決裁のため、被告会社のサービス部門から確認の電話があることを予め告げ、その応対の仕方を指示した上で、被告会社から原告方に架電させ、さらに、原告と被告会社のサービス部担当従業員C(以下「C」という。)が、契約の意思及び内容の確認手続をしている際にも、電話口で原告に応対の仕方を指示した。

(三) 原告は、同年四月一一日、委託証拠金二五〇万円を追加して預託した。

(四) Aは、同年四月一日ころから原告方を度々訪れ、原告に対し、「会社から新規顧客を取ってこいと言われているので、協力して欲しい。」と頼んだ。そこで、原告は、次の(1)ないし(6)のとおり、自己の知人、妻及びAの知人の名義を借りて、被告会社との間で商品先物取引委託契約を締結した。右他人名義の契約については、いずれも、原告が名義人の承諾を得た後、Aが名義人を訪問し、名義人は約諾書等の必要書類に形式的に署名押印をした。被告会社サービス部門からの確認電話の際には、Aが、電話口で名義人に応対の仕方を指示した。Aは、他人名義の契約が原告自身の契約であることを知っており、被告会社もこれを知っていた。

(1) D(以下「D」という。)は、原告の友人であるが、同月三日ころ、原告から商品先物取引の勧誘を受けたが、余裕がないと言って断った。しかし、原告が、「Aが営業成績を上げるため、たくさんの客との契約の形にしたがっているから名義だけ貸してくれ。金も後の処理もこちらが全部する。」等と言って頼むので、名義貸しを承諾した。原告は、D名義の委託証拠金合計一三〇万円(同月に一〇〇万円と三〇万円)を預託した。

(2) E(以下「E」という。)は、原告の友人であるが、同月九日ころ、D同様、原告から商品先物取引の勧誘を受け、一旦は断ったが、原告に名義貸しを頼まれてこれを承諾した。原告は、E名義の委託証拠金合計一三〇万円(同月上旬に一〇〇万円、同月一六日に三〇万円)を預託した。

(3) F(以下「F」という。)は、原告の友人であるが、同月九日ころ、原告から商品先物取引の勧誘を受けた。Fは、以前に商品先物取引で失敗した経験があるので、一旦は断ったが、親しい原告の紹介でもあることから、被告会社と商品先物取引委託契約を締結して委託証拠金一〇〇万円を投資することにした。その後、Fは、資金繰り難のため被告会社に対し契約の終了を申し出て、右委託証拠金一〇〇万円の返還を受けた。しかし、被告会社は、Fの名義が残っていることを奇貨として、原告がAに言われるまま新たに預託した委託証拠金合計三〇〇万円(同月に一〇〇万円と二〇〇万円)を流用して、F名義の取引を継続した。

(4) G(以下「G」という。)は、Aの知人であるが、Aから同業者である原告を紹介され、「営業成績を上げるためたくさんの客と契約した形にしたいから、名義をXさんに貸してくれ。金も後の処理もXさんの方でする。」等とAに頼まれ、名義貸しを承諾した。原告は、同年五月、G名義の委託証拠金一〇〇万円を預託した。

(5) H(以下「H」という。)は、原告の妻であるが、Aの勧誘により、原告ともども、商品先物取引は儲かるものと信じていたため、同月九日ころ、原告と相談の上、Aの営業成績向上のために名義を貸すことにした。原告は、同日、H名義の委託証拠金三〇〇万円をAに交付して被告会社に預託した。

(6) I(以下「I」という。)は、Fの妻であるが、同月ころ、AからIの名義も使用したい旨の申入れを受け、名義貸しを承諾した。原告は、同月下旬、I名義の委託証拠金五〇〇万円を預託した。

(五) 原告は、同年六月一三日、Aに対し取引の手仕舞を依頼したが、Bは、Aからその旨聞いたにもかかわらず手仕舞を拒否し、同月二七日、I及びH名義で大阪繊維取引所の綿糸二〇単を売り建玉し、同月二八日、これを仕切った。

3  被告会社従業員による不法行為

(一) 勧誘行為における違法性

(1) 不適格者の勧誘

経済的知識及び資金能力から見て商品先物取引に不適格と判断される者の勧誘は禁止されている(商品取引員の受託業務に関する取引所指示事項1(1)、受託業務に関する協定2)。原告は、株式投資の知識・経験もなく、経済紙も購読しておらず、株式投資以上に複雑な商品先物取引に関しては知識も関心もなかった者であり、商品先物取引には不適格な者であった。

(2) 投機性等の説明の欠如

先物取引に関し、「投資」「利子」等の言辞を用いて、投機的要素の少ない取引であると委託者を錯覚させるような勧誘をすることは禁止されているが(取引所指示事項1(3))、Aは、「銀行の金利よりもよい投資です。」等と言って原告を勧誘した。

また、商品先物取引契約締結にあたっては、顧客の適格性に留意し、商品取引の仕組み及び投機性につき十分な説明と危険開示をして、商品先物取引は自己の判断と責任において行うものであることを委託者に十分理解・認識させなければならず(受託業務に関する協定4)、追い証制度についても、委託者にとって取引を継続するか否かの判断に際して重要な意味を持つから、これを委託者に説明することが必要であるが、Aは、原告に対して商品先物取引の仕組み及び追い証制度につき、一応説明しかけたものの、結局、「Xさんには分からないだろうが、私に任せてくれれば絶対に損はさせない。」と言って、原告が理解していないことを知りながら、それ以上の説明をしないで勧誘した。

(3) 断定的判断の提供

委託者に対し、利益が生ずることが確実であると誤解させるような断定的判断を提供して勧誘することは禁止されている(商品取引所法九四条)。しかし、Aは、前記2(二)記載のとおり、「絶対に損はさせない」等と断定的判断を提供して原告を勧誘した。右のようなセールストークにより、商品先物取引の危険性を隠し、原告を欺罔して、商品先物取引契約の委託証拠金を交付させたものであり、詐欺ないし詐欺的不法行為に該当する。被告会社においては、一般的に、「絶対上がる。間違いない。このチャンスを逃すともうない。」等と顧客に断定的判断を提供して会社ぐるみで違法な勧誘をしていた。

(4) 他人名義取引の勧誘

委託者に他人名義を使用させることは、不適正な受託行為として禁止されている(取引所指示事項3(2))。しかし、Aは、新規顧客を獲得したい一心で、原告に対し他人名義での取引を勧誘した。

(二) 取引行為における違法性

(1) 新規委託者保護規定違反

商品先物取引は、仕組みも運用も非常に複雑なものである上、投機性すなわち危険性が高いものであるから、新規委託者については三か月間の習熟期間を設けて保護育成措置を講じ、その間は建玉判断枠を二〇枚としている(受託業務管理規則六条)。しかし、Aは、原告が一〇〇万円位の取引を申し出たにもかかわらず、いきなり委託証拠金五〇〇万円で輸入大豆一〇〇枚を買い建玉させ、その後も保護育成措置を取った形跡がない。

(2) 一任売買及び無断売買

商品取引員は、一任売買及び無断売買をしてはならないとされ(商品取引所法九四条三号、四号、受託契約準則二三条一項、二項)、一任の延長で売買することも許されない。しかし、Aは、平成三年三月二九日の商品先物取引委託契約の際には、原告名義で輸入大豆一〇〇枚を買い建玉したことを原告に伝えたが、商品先物取引の理解を欠く原告から取引の一任を取り付け、その後の取引については、「こちらを買えばもっとプラスになるから投資してくれ」等と言って原告に投資させ、AとBは、手数料稼ぎのため、勝手に本件各名義で取引を繰り返した。また、同年六月一三日、原告からAに対して手仕舞の依頼があったが、Bはこれを拒否し、同月二七日、I及びH名義で大阪繊維取引所綿糸二〇単を売り建玉し、二八日、これを仕切って無断売買をした。

(3) 無意味な反復売買

委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な売買を勧めることは禁止されている(取引所指示事項2(1))。しかし、A及びBは、損失を生じている銘柄は放置する一方で、利益を生んでいる銘柄は、手数料が抜ければ建玉期間二日ほどで直ちに仕切り、別の銘柄を買った。これは、被告会社のボーナス時期の前に営業目標数値達成のため手数料を振って取引回数を増やしたものである。

4  責任

(一) 被告会社の責任

被告会社は、前記3のとおり、Aらが、原告に対し商品先物取引に関する職務の執行につき行った不法行為に関し、民法七一五条一項により使用者としての責任を負うと言うべきである。

(二) 被告Y1の責任

(1) 被告Y1は、前記3のとおり、Aらが、原告に対し商品先物取引に関する職務の執行につき行った不法行為に関し、民法七一五条二項により代理監督者としての責任を負うと言うべきである。

(2) また、被告Y1は、営業担当従業員に違法行為を強要している被告会社の営業実態を認識・認容して約一〇年間にわたり代表取締役を務め、Aらの業務遂行を承認していた。仮に、営業の実態を認識しておらず、故意が認められないとしても、代表取締役の権限を行使すれば容易に認識できたにもかかわらず、これを看過し、Aらによる組織的な違法行為を容易にしたものであるから、被告Y1には、少なくとも過失があり、民法七〇九条により不法行為責任を負うと言うべきである。

5  損害

合計 金二五六〇万円

(一) 委託証拠金 金二二一〇万円

(二) 慰謝料 金二〇〇万円

被告会社従業員の強引かつ執拗な勧誘により、(一)のような多額の金員を失って、仕事も手につかない状態にある原告の精神的打撃を慰謝するには右金額が相当である。

(三) 弁護士費用 金一五〇万円

6  なお、過失相殺については、当事者双方の原因力の大小、違法性及び有責性の非難の大小を考慮すべきであるところ、被告会社は、豊富な情報量と資金力を持つ大規模な会社組織を背景とし、当初から客殺しの目的で原告に接近して翻弄した者であるから、原因力に大きな差があり、違法性・有責性とも専ら被告会社にある本件において過失相殺を適用するのは不合理である。

7  よって、原告は、被告会社に対しては、民法七一五条一項の不法行為による損害賠償請求権に基づき、被告Y1に対しては、同法七一五条二項ないし同法七〇九条の不法行為による損害賠償請求権に基づき、各自金二五六〇万円及びこれに対する訴状送達の翌日である平成三年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1については認める。

2  請求原因2について

(一) 同(一)のうち、Aが、平成三年三月二七日、原告に対して架電したことは認める。

(二) 同(二)のうち、Aが、同月二九日、原告を訪問し、大阪穀物取引所輸入大豆の先物取引につき、商品先物取引の仕組みや商品の状況等を説明の上、委託契約の勧誘をしたこと、同日、原告と被告会社は、商品先物取引委託契約を締結し、Aが、原告の承諾を得て輸入大豆の委託取引をなし、原告は、右商品の委託証拠金五〇〇万円を預託したことは認め、右勧誘の際、Aが「絶対に損はさせない」等の言辞を用いたことは否認する。

(三) 同(三)は認める。

(四) 同(四)のうち、D、E、G及びIの各名義の委託証拠金額、並びに、Fに委託証拠金のうち一〇〇万円を返還したことは認めるが、F及びHの各名義の委託証拠金額並びにD以下各名義人の契約が原告の契約であることは否認する。

本件各名義の契約は、いずれも名義人と被告会社間の契約である。なお、被告会社に預託されたF名義の委託証拠金は、合計三〇〇万円(平成三年四月一一日に一〇〇万円、同月三〇日及び同年五月一日に各五〇万円、同月一五日に一〇〇万円)であり、そのうち一〇〇万円については、同年六月二六日、Fに返還した。また、H名義の委託証拠金は、合計二〇〇万円(同年五月九日及び一九日に各一〇〇万円)である。

(五) 同(五)のうち、平成三年六月一三日、原告から手仕舞の依頼があったことは否認する。

3  請求原因3について

(一)(1) 同(一)(1)は争う。

原告は、Aから商品先物取引の勧誘を受けた際、通常一般人が有する程度に相場の意味を理解しており、相場・投資に興味関心を示し、自己の自由意思のもとに本件商品先物取引に参入した者である。

(2) 同(一)(2)のうち、Aが、「銀行よりも金利がよい」等と発言したことは否認し、その余は争う。

被告会社は、危険開示告知書等のいわゆる法定文書を顧客に交付し、先物取引は、いわゆる「投資」ではなく「投機」であり、ハイリスク・ハイリターンの危険性を伴うものであることを説明し、特に、新規委託者については、営業部門以外の顧客管理担当者が、別途、説明と注意をするのが常であり、原告らとの本件契約についても同様の手続を履践した。

(3) 同(一)(3)のうち、Aが原告主張のような断定的発言をしたことは否認し、その余は争う。

(4) 同(一)(4)は否認する。

(二)(1) 同(二)(1)のうち、Aが、原告の取引につき輸入大豆一〇〇枚を買い建玉したことは認めるが、その余は争う。

新規委託者保護規定についての原告の指摘は誤解である。

(2) 同(二)(2)のうち、平成三年六月一三日、原告から手仕舞の依頼があったことは否認し、その余は争う。

(3) 同(二)(3)は争う。

4  請求原因4について

(一) 同(一)は争う。

原告は、Aと共謀し、その言うがままに行為した結果、原告主張の損害を被ったものであり、その責任は原告自身にある。

(二)(1) 同(二)(1)は争う。

被告会社の組織構成上、Aらの代理監督者は、営業総括責任者であるJである。

(2) 同(二)(2)のうち、被告Y1が被告会社代表取締役であることは認めるが、被告会社が営業担当員に違法行為を強要していることは否認し、その余は争う。

5  請求原因5は争う。

なお、被告会社が、本件各名義で受領した委託証拠金(但し、Fに返還した一〇〇万円を除く。)は、合計二〇一〇万円である。

三  抗弁(相当の注意)

1  被告会社は、Aらの選任及び業務に対する指導監督を、相当の注意をもって行っていた。

2  被告Y1は、Aらの選任・監督につき、平素から相当の注意をしていた。

四  抗弁に対する認否

争う。

第三証拠

証拠関係は、本件記録中の書証目録及び証人等目録に記載のとおりであるから、これを引用する。

理由

一  請求原因1の事実(当事者)は当事者間に争いがない。

二  請求原因2(本件取引経過)及び同3(被告会社従業員による不法行為)について

1  Aが、平成三年三月二七日、原告に対し架電して面会を約束したこと、同月二九日、Aが、原告方を訪問して面接したこと、その際、Aが、原告に対し、商品先物取引の仕組みや追い証制度につき一応の説明をし、大阪穀物取引所輸入大豆の先物取引を勧誘したこと、同日、原・被告間において商品先物取引委託契約が締結され、Aは、原告の承諾を得て、輸入大豆一〇〇枚を買い建玉したこと、同日、Cから原告に対し、契約の意思及び取引内容を確認する電話があったこと、原告は、委託証拠金として、同日に金五〇〇万円、同年四月一一日に金二五〇万円、合計七五〇万円を預託したこと、同月三日ころにD名義、同月九日ころにE名義及びF名義、同月二二日ころにG名義、同年五月九日ころにH名義、同月二四日ころにI名義の各商品先物取引委託契約が、被告会社との間で締結されたこと、D名義につき金一三〇万円、E名義につき金一三〇万円、G名義につき金一〇〇万円、I名義につき金五〇〇万円が、委託証拠金として預託されたこと、F名義の委託保証金のうち一〇〇万円は、被告会社からFに返還されていることは、当事者間に争いがない。

右当事者間に争いがない事実に、証拠(甲一五ないし二〇の各1、五二、乙二ないし八、九の1ないし7、一〇の1ないし16、一一の1ないし15、一二の1ないし8、一三の1ないし8、一四の1ないし11、一五の1ないし18、一六の1ないし11、一七、一九の1ないし3(一部)、二〇ないし二七、二八の1、2、二九、三〇、三六、三八の1ないし25、三九の1ないし32、四〇の1ないし8、四一の1ないし8、四二の1ないし9、四三の1ないし25、四四の1ないし16、四六、四八、五三の1、2、五四の1、2、五五の1ないし3、五六、証人A(一部)、証人K、証人F、原告本人、被告Y1本人)を総合すれば、次の事実が認められる。

(一)  原告は、建築業を営む株式会社住地建設の代表取締役であるが、本件商品先物取引以前には、株式取引や先物取引の経験がなく、関心もなかった。

(二)(1)  平成三年三月二七日、Aは原告に対し、被告会社に勤務していることを告げないで電話で面会を求めた。原告とAは、Aが、以前勤務していた有線会社のセールスで原告方を一度訪問した際に顔を合わせていたものの、原告は、Aがその後商品先物取引の外務員になっているとは知らず、面会を約束した。

(2) 同月二九日午前一〇時ころ、Aは、原告を訪問し、三〇分ほど有線の話をした後、商品先物取引会社に転職したことを告げ、「先物取引で損はさせない。二、三か月で二、三倍にしてみせる。五〇〇万円ほどの投下資本で一億円位までになったこともある」等といった趣旨の言葉を述べ、輸入大豆の先物取引を勧誘した。Aは、原告に対し、商品先物取引の仕組みや追い証制度について一応の説明をしたが、原告は右説明中の用語自体もわからず、説明の内容は全く理解できなかった。その当日が被告会社のキャンペーン月間最終日であり、新規委託者の建玉時点で賞金がつくので、同日中に建玉の承諾を得たいと焦っていたAは、原告が理解していないことを知りながら、それ以上の説明をせず、「私と会社に任せれば間違いない」等と言って勧誘した。原告は、Aから、「お取引について」(乙二七)、「商品先物取引―委託のガイドー」(乙二八の11)(以下、併せて「パンフレット」という。)の交付を受けたが、読む必要がないと言われたので、読まなかった。

原告は、当時三、四か月の運用が可能な現金が二七〇〇万円ほど手元にあったので、銀行の利息より少しでもいいのであれば、三か月くらいなら取引してもよいと考え、内容がよくわからないまま、Aの言う大豆の取引につき、とりあえず一〇〇万円程を預託することとした。しかし、Aから、五〇〇万円程の預託を求められたので、原告は、同日、現金五〇〇万円を委託証拠金としてAに交付した。その際、原告は、三か月後には預託した金が必要になる旨をAに伝えた。原告としては、Aが「任せておけ」というほか、三か月間と期限を区切ったこともあり、損をしないといわれる以上、取引の内容には関心がなかった。

Aは、原告から商品先物取引委託契約の承諾を得ると、直ちに被告会社に架電し、大阪穀物取引所輸入大豆一〇〇枚の買い建玉注文を伝えた。折り返し、同日午前一一時一〇分ころ、被告会社の管理部門顧客サービス部担当員Cが、原告に架電し、契約意思の確認、先物取引はハイリスク・ハイリターンであることの説明、追い証制度の事例説明及び自己の判断と責任による慎重な取引の注意説明をした。Aが、右の電話があることを事前に原告に予告し、かつ、「『はい、わかっています、結構です』と相手の言うとおりに返事をして欲しい、そうしないと取引ができなくなる。」と指示していたほか、実際に電話があった際も、原告の横にいて応対の仕方を指示していた。そして、原告は、同日、約諾書(乙二の4)、アンケート(乙一〇の1)に署名、押印した。

被告会社においては、取引開始から三か月以内の新規委託者につき、外務員の建玉判断枠は原則として二〇枚に制限されていたが、顧客からの希望があれば別途審査する旨の規定もあったことから、Aは、上司のK(以下「K」という。)に、右輸入大豆一〇〇枚買い建玉注文は原告の強い希望である旨報告し、顧客サービス部責任者の審査を経たうえ、同日、右注文の執行がなされた。

(3) 同月三〇日ころ、AとKが、原告方を訪問した。

その後、原告は、Aから、輸入大豆以外の銘柄を取引したいと言われ、同年四月一一日、委託証拠金二五〇万円を追加預託した。

(三)(1)  Aは、同月一日ころから、原告を度々訪問し、「頭数が欲しい、一人でもいい、金額はいくらでもいいから新規顧客の紹介をして欲しい。」と原告に頼み込んだ。被告会社においては、外務員の給与は基本給の他に、新規顧客を開拓した場合には、建玉した委託証拠金の二パーセント程度が加給金として当該外務員に支給されるが、同一委託者から新たに建玉注文を取っても、加給金は支給されない仕組みになっていた。先物取引の危険性を十分認識していなかった原告は、Aの営業成績作りに協力することとし、次の(2)から(7)のとおり、友人等をAに紹介した。

(2) Dは、原告の友人で、不動産管理会社の経営者である。同月三日ころ、原告から、電話で商品先物取引の勧誘を受け、余裕がないと言って取引を断ったが、原告が、「Aが営業成績を上げたがっているから、名義だけ貸してくれ。金も後の処理もこちらで全部する。」等と言うので、名義貸しを承諾した。同月四日、AがDを訪問し、D名義の委託証拠金として一〇〇万円を原告から受領していると告げ、Dは、形式的なものと理解して、約諾書やアンケートに署名、押印した。Aは、理由二1(二)(2)で認定したのと同様に、Dに対しても、顧客サービス部から確認の電話があることを予告し、応対の仕方を指示した上、実際にDの横で指示して応対させた。同日、原告は、D名義の委託証拠金一〇〇万円を預託し、輸入大豆二〇枚が建玉された。その後、原告が、他の銘柄も買いたいとAに言われて三〇万円を渡したところ、同月一一日、D名義の委託証拠金とされた。

(3) Eは、原告の友人で、Dの会社に勤務している。(2)と同様に、同月九日ころ、原告から勧誘を受け、取引は断ったが、名義貸しは承諾し、同日、AがEを訪問し、原告から委託証拠金を受領していると言い、Eは、約諾書やアンケートに形式的に署名、押印した。Aによる電話応対指示も同様であった。同日、原告は、E名義の委託証拠金一〇〇万円を預託し、輸入大豆二〇枚が建玉された。その後、原告が、他の銘柄も買いたいとAに言われて三〇万円を渡したところ、同月一六日、E名義の委託証拠金とされた。

なお、E名義の取引は手仕舞されて、同年七月八日、被告会社からEに対し一万四四四〇円が出金された。

(4) Fは、原告の友人で、不動産仲介会社の経営者である。同月九日ころ、原告から商品先物取引の勧誘を受けたが、以前に大豆の先物取引で損をしたことがあったので、原告にもその旨話し、儲からないからやめようと言った。しかし、原告が、「最初一〇〇万円出したら増やしてやる。損は持つから付き合ったらどうか。」と言って勧誘するので、Fは、輸入大豆先物取引に自ら一〇〇万円を投資し、後の取引を原告に一任することにした。同日、Fは、集金に訪れたAに、先物取引で損をした経験があること及び取引は原告に一任することを告げ、委託証拠金一〇〇万円をAに交付し、パンフレット等を受領した。同月一一日、顧客サービス部からFに対し、契約確認の電話があり、輸入大豆二〇枚が建玉された。

Fは、原告及びAに対し、一か月で手仕舞うよう依頼したが、Aは手仕舞せず、取引を継続させたまま、同年六月二六日、被告会社からFに対し一〇〇万円を出金し、Fはこれを原告から受領した。Fは、この時点で被告会社との取引は終了したと思ったが、その後もFのもとに売買報告書、売買計算書等が送付されるので、原告に問い合わせ、後の処理は原告に任せた。他方、原告は、あと一、二か月で本件各名義の取引全体を終了させることを前提に、Aの顔を立てて、同年四月三〇日及び同年五月一日に各五〇万円、同月一五日に一〇〇万円をF名義の委託証拠金として被告会社に預託した。

(5) Gは、Aの知人で、建設会社に勤務しており、同年四月二二日ころ、Aから同業者である原告を紹介された。Gは、Aから、金も後の処理も原告がするので名義だけ貸すように頼まれ、これを承諾した。同月二三日、(2)と同様、AがGを訪問し、Gは、約諾書やアンケートに形式的に署名、押印した。Aによる電話応対指示も同様であった。原告は、被告会社の顧客の名義が増える点は他の名義人の場合と同じと考え、同日、G名義の委託証拠金一〇〇万円を預託し、同月二四日、綿糸四〇単一〇枚が建玉された。

なお、G名義の取引は手仕舞されて、同年七月八日、被告会社からGに対し二万二五四円が出金され、Gは、これを原告に渡した。

(6) Hは、原告の妻であるが、理由二1(二)(2)で認定したAの勧誘文句を信じ、原告と相談の上、名義を貸すことを承諾し、同年五月九日、(三)(2)同様、Aの訪問を受け、約諾書やアンケートに形式的に署名、押印した。Aによる電話応対指示も同様であった。原告は、同日、H名義の委託証拠金一〇〇万円を預託し、綿糸四〇単一〇枚が建玉された。さらに、原告は、同月一六日、H名義で一〇〇万円を預託した。

(7) Iは、Fの妻であるが、同年五月、Aに頼まれた原告から名義貸しの依頼を受け、これを承諾した。同月二四日、顧客サービス部からの確認電話があったが、IはAから事前に指示されたとおりに応対した。約諾書については、AがIにファックス送信し、原告方でHがIに代わって署名し、Fが持参した認印を押印した。原告は、同日、I名義の委託証拠金五〇〇万円を預託し、輸入大豆売り建玉(限月同年八月)及び同買い建玉(限月平成四年二月)各四〇枚、綿糸四〇単二〇枚が建てられた。

なお、同年六月五日、I名義の委託証拠金として、さらに九万円が被告会社に預託されている。

(8) 本件各取引の売買報告書及び売買計算書と残高照合通知書は、すべて名義人の下に送付されたが、名義人から被告会社に対し、何ら問い合わせはなかった。

(四)  Aは、原告の一任の下、平成三年三月二九日以降、原告から委託証拠金合計二〇一〇万円(但し、Fが預託した一〇〇万円およびI名義の追加証拠金九万円を除く。)の預託を受けて、本件各名義で別紙委託者別先物取引勘定元帳記載のとおりの売買取引を行った。Aは、取引の状況を原告から尋ねられると、「ぼちぼちです。損はしていない。」等と応答し、取引を重ねた。被告会社から本件各名義人に対し、取引の都度、電話による内容報告のほか、売買報告書及び売買計算書が送付され、また、毎月一回、残高照合通知書が送付されていたが、原告は、見る必要がないとAに言われていたことから、原告に送付された右各書類を見なかった。

(五)(1)  原告は、同年六月一三日ころ、当初の取引期間として予定していた三か月が満了することを理由に、Aに対し、本件各名義の取引の手仕舞を求めた。その際、Aが、独断で作成した誤った計算メモを原告に示し、原告に返還すべき残金が二五四一万三〇〇〇円あるかの如く説明したので、原告は、右計算メモに「預り」として記載された委託証拠金二二一〇万円の返還を求め、その余の金員については、従前どおり、原告の一任の下でAが取引に使用しても構わない旨指示した。同日以降、原告は、Aに対して何度も右金二二一〇万円の返還を請求したが、Aは、すぐに手続きして返還すると約束しながら実行せず、別紙委託者別先物取引勘定元帳記載のとおり、新規建玉をして取引を続行した。

Aは、同年七月一〇日、原告から右金員の返還を強く迫られ、念書を書くよう求められたので、原告に対し金二二一〇万円をAが返済する旨の念書(乙一七)を原告に差し入れ、八月の盆ころに返金することを約束した。しかし、約束のころになっても、返金はされなかった。

Aは、同年八月二〇日、Bに対し、右念書を原告に差し入れたこと、及び、本件各名義の取引は、すべて原告の出資による原告の取引であることを打ち明けた。

(2) 本件各名義取引に関し、被告会社からは、(三)(4)のF名義取引につきFが支出した委託証拠金一〇〇万円、同(3)のE名義取引につき手仕舞後の残金一万四四四〇円、(5)のG名義取引につき手仕舞後の残金二万二五二円がそれぞれ出金されたほかは返金されておらず、E及びG以外の名義の取引は、未だ手仕舞されていない。

(六)(1)  ところで、被告らは、本件各他人名義取引は名義人自身の取引であると主張する。F名義の当初の委託証拠金一〇〇万円の取引がF自身の取引であることについては、当事者間に争いがなく、その余のF名義取引及びその他の他人名義取引については、被告主張に副う証拠(乙三ないし五、七、八、二一、二三ないし二六、五二、五三ないし五四の各1、2、五五の1ないし3、五六、証人K)が見受けられるが、前記認定事実(右各取引の委託証拠金はいずれも原告が支出したこと、各名義人は名義貸しを承諾し、Aの指示に従って、約諾書への署名押印及び顧客サービス部からの確認電話への応対をしたにすぎないこと)に照らし、本件各名義取引が原告の取引であるとの前記認を覆すに足らず、他にこれに反する証拠はない。

(2) また、原告は、原告の支出した委託証拠金につき、F名義は合計三〇〇万円、H名義は合計三〇〇万円であると主張する。しかし、原告の右主張に副う証拠(甲一八及び一九の各1、五二、証人A、証人F、原告本人)は、証拠(乙一五の3ないし6、17、一六の3、4、10、11)に反し、原告の右主張に副う部分はいずれも採用できず、他に原告の右主張を認めるに足る証拠はない。

以上の事実が認められる。

2(一)  ところで、商品先物取引は投機性が強く、委託者が不測の損害を被る危険があることに鑑み、商品取引員の従業員としては、この点についての委託者の知識、経験、判断能力等を考慮して、委託者に予期しない過大な危険を負担させることのないよう十分配慮して勧誘ないし取引すべきである。後出のような商品取引所法、受託契約準則、取引所指示事項、受託業務に関する協定等の定める委託者保護に関する各種規制は、この趣旨を明らかにしたものと解されるから、勧誘行為からその後の一連の取引行為全体を観察して、右各規制に著しく違反し、社会的相当性を逸脱すると認められるような場合には、その行為は全体として違法性を有し、不法行為を構成するものというべきである。そこで、前記認定事実を前提として、Aら従業員の勧誘及び取引行為の各規制違反の有無及び態様を検討した上、違法性の有無につき判断する。

(二)  勧誘方法について

(1) 不適格者の勧誘

被告会社においては、いわゆる社会的経済的弱者及び公金出納取扱者等並びに資金力、理解度等から見て商品先物取引を行うにふさわしくない者と認定した者に対しては、勧誘及び受託を行わないこととされている(受託業務管理規則二条、乙三〇)。

しかし、証拠(乙九の1、原告本人)によれば、原告は建設会社の代表取締役であって、商品先物取引の仕組みを理解する能力を備えていたと思われるし、本件勧誘当時、資金的にも余裕があったことが認められることからすると、原告に先物取引を行う適格がないとはいえない。したがって、右規制に違反するとは認められない。

(2) 投機性等の説明の欠如及び断定的判断の提供

新規委託者からの委託を受ける場合、受託契約準則及び危険開示告知書を事前に交付しなければならないとし(受託契約準則三条)、また、委託の勧誘にあたっては、顧客の適格性に留意して、関係書面を交付し、先物取引の仕組み及びその投機的本質につき十分説明して危険開示を行い、取引は顧客自身の判断と責任において行うべきものであることにつき十分な理解と認識を得る必要がある(受託業務に関する協定4)。いやしくも、顧客に対し利益が生じることが確実であると誤解させるべき判断を提供して委託を勧誘することは許されない(商品取引所法九四条一号)。

本件では、Aから原告に対し、取引開始に先立ち、「五〇万円投資して一億円くらいになった場合もある。損はさせない。今輸入大豆を買えば二、三か月で二倍、三倍になる。三か月で十分である。」等と、短期間で利益が得られるような勧誘がされていることは前記認定のとおりである。確かに、原告は、Aから、商品先物取引の説明を一応は受け、本件商品先物取引委託契約締結に際して受託契約準則等の記載されたパンフレットの交付を受け、さらに、被告会社顧客サービス部担当者Cからも電話で先物取引の説明を受け、理解している旨応答していることが認められる。しかし、前記認定のとおり、原告のように株式投資や商品先物取引の知識・経験がない者に対しては、先物取引の危険性(大きな利益も期待できる代わり、大きな損失を被る危険があることや、相場の動向を見通すのは至難の業であること、追い証を要求される場合があること等)を特に念入りに説明するべきであって、にもかかわらず、Aは、原告が一通りの説明を理解していないことを知りながら原告に十分な説明をせず、かえって、任せてくれれば絶対に損はさせない等と述べて、取引を一任するように求め、交付したパンフレットについては読む必要がないとし、被告会社の決裁を得るため、Cの電話への応対の仕方を原告に指示したものであり、その後も、原告はAの言うままに行動したことを考慮すると、Aの右勧誘は、右規制に著しく違反するものであると言うべきである。

なお、原告は、Aのこのような断定的判断を提供しての勧誘行為が詐欺ないし詐欺的不法行為にあたると主張するが、本件全証拠をもってしても、Aに、原告から委託証拠金名下に金員を詐取しようとする故意があったとまで認めることはできない。

(3) 他人名義取引の勧誘

委託者に仮名又は他人名義等を使用させることは、不適切な受託行為として禁止されている(取引所指示事項3(2))。

本件においては、前記認定のとおり、Aが、もっぱら新規顧客獲得による加給金の受給及び営業成績の向上という個人的利益を図る目的で、原告に他人名義取引を勧め、先物取引の危険性の理解を欠く原告をして、最終的には、Dら六名の名義で合計一二六〇万円の委託証拠金を支出させたものであり、右規制に著しく反するものと言うべきである。

(三)  取引行為について

(1) 新規委託者保護規定違反

被告会社においては、新規委託者の三か月間の取引限度枚数は原則二〇枚であるが、顧客からの希望がある場合、顧客サービス部の審査を経れば右制限を超えることができるとされている(受託業務管理規則六条。乙三〇)。そして、前記認定のとおり、原告名義の平成三年三月二九日の輸入大豆一〇〇枚の建玉は、Aから被告会社に対し、原告が強く希望している旨の報告があり、同日、顧客サービス部責任者の審査を経、被告会社内部での決裁を受けていること、同年四月一日、Cから建玉内容の確認があった際、原告は一〇〇枚の建玉を承諾していることからすれば、原告の右取引は、一見、右規定に違反しないようにも見えなくはない。

しかし、別紙委託者別先物取引勘定元帳記載のとおり、本件名名義の取引につき、原告名義の取引開始から三か月以内に原告支出の委託証拠金に基づいて行われた建玉は、原告名義で二五七枚、D名義で四八枚、E名義で三二枚、G名義で二四枚、F名義で一一九枚、H名義で八五枚、I名義で二五一枚、合計八一六枚にのぼることが認められること、また、前記認定のとおり、原告は先物取引の全くの初心者であって、被告会社もそれを知っていたこと、本件各名義取引はAが原告に勧めたもので、本件各取引はもっぱら原告の一任を受けたAの判断でなされたものであることを考慮すると、これらの建玉は、右新規委託者保護規定に基づいてなされた審査の前提を欠き、かつ、取引限度枚数を著しく超過した、右規制に違反するものというべきである。

(2) 一任売買及び無断売買

一任売買及び無断売買は、商品取引所法九四条三号及び四号で禁止されている。

前記認定のとおり、原告はAに売買を一任した事実は認められる。しかし、原告は、平成三年六月一三日ころ、原告支出の委託証拠金二二一〇万円の返還をAに依頼した際、その余の取引残金は一任売買に使用することを許諾している事実があることも、前記認定のとおりであるから、同日以降の取引は必ずしも無断売買にはあたらないと解される。したがって、本件で一任売買規制違反は認められるが、無断売買の事実はない。

(3) 無意味な反復売買

委託者の十分な理解を得ないで短期間に頻繁な売買を勧めることは禁止されている(取引所指示事項2(1))。

別紙委託者別先物取引勘定元帳記載のとおり、本件全取引一三一回(但し、建玉と仕切り売買を併せて一回と数える。)の中で、売買益金が出た四二回の取引のうち、建玉期間(但し、建玉日及び仕切り売買日を含む。)が八日以下の取引が二九回(うち建玉期間二日の取引が一三回)であり、短期間の頻繁な取引が行われたことがうかがわれるものの、必ずしも右規制に違反する無意味な反復売買があったと認めるに足る証拠はない。

(四)  以上認定のとおり、Aが本件についてなした勧誘以下の一連の行為を全体として観察すれば、先物取引の知識・経験を欠く原告に対し、先物取引の危険性を十分説明せず、断定的判断を提供して取引の一任を取り付け、他人名義の取引を勧誘し、新規委託者保護規定の制限を大幅に上回る大量取引を行って、原告に予期せぬ過大な危険を負担させたものであり、商品取引における外務員として社会通念上許容しうる範囲を越えたもので、全体として違法性を有し、不法行為を構成するものと認めるのが相当である。

三  請求原因4(被告らの責任)について

1  被告会社について

Aが被告会社の従業員であったことは当事者間に争いがないところ、本件全証拠をもってしても、被告会社が、その選任・監督に相当の注意をしたと認めることはできない。したがって、被告の抗弁は理由がなく、被告会社は、Aの使用者として、民法七一五条一項により、原告の被った損害を賠償すべき義務がある。

2  被告Y1について

(一)  原告は、被告Y1はAの使用者である被告会社の代表取締役であるから、その代理監督者としての責任を負うと主張するが、民法七一五条二項のいわゆる代理監督者というためには、代表取締役というだけでは足らず、実際に従業員を選任・監督していたことが必要であると解されるところ、本件全証拠をもってしても、被告Y1がAを選任・監督していた事実は認められない。したがって、原告の右主張は理由がない。

(二)  また、原告は、被告Y1は故意又は過失により被告会社の違法な営業行為を容易にした不法行為につき、民法七〇九条により、原告の被った損害を賠償すべきであると主張するが、本件全証拠をもってしても、被告会社がAら営業担当従業員に違法行為を強要していることは認められず、被告Y1が、本件に関するAの前記不法行為を認識し、又は認識しうべきであったとも認められない。したがって、原告の右主張は理由がない。

四  請求原因5(被告会社が支払うべき損害賠償額)について

1  過失相殺について

原告が商品先物取引につき知識も経験も有していない者であったことは前記認定のとおりであるが、商品先物取引が投機性の高い危険な取引であることは周知の事実であり、Aの甘言に乗せられたとはいえ、その言葉を盲信し、内容を理解できないまま、いきなり五〇〇万円を預託して取引に参入し、交付された説明のためのパンフレットも読まず、商品先物取引の理解をしようとしないばかりか、Aに言われるままに、被告会社からの電話確認に対し虚偽の応答をし、さらに、積極的に他人名義を使用して取引を拡大し、被告会社から売買報告書等が送付されてもそれを理解しようともせず、Aに取引を任せ切りにし、損失を増大させているのであって、原告に過失のあることは否定できない。そして、前記認定のAの行為の態様等とも考え併せると、Aの不法行為により原告に生じた損害の三割を過失相殺するのが相当である。

2  原告の損害

(一)  本件における財産的損害につき、原告は、委託証拠金額が損害額であると主張するところ、原告の支出した委託証拠金は、前記認定のとおり、合計二〇一〇万円である。

しかし、本件では違法な勧誘ないし取引行為による不法行為の成立とは別に、本件商品先物取引委託契約は有効に成立しているというべきであるから、本件各名義の取引についての委託証拠金残金は、実質的委託者である原告に有効に帰属していると解される。したがって、原告支出にかかる委託証拠金額から、原告に返還されるべき本件各名義取引の委託証拠金残金及び既に返還された清算金を差し引いたものが、前記不法行為により原告が被った損害であると解すべきである。

証拠(乙一〇の14ないし16、一一の14、15、一二の7、8、一三の7、8、一四の10、11、一五の17、18、一六の10、11)によれば、本件における原告の損害は、本件各名義取引の原告支出にかかる委託証拠金合計二〇一〇万円から、委託証拠金残金合計七五〇万七二九一円とG及びE名義の取引についての返還金合計三万四六九四円を差し引いた金額合計一二五五万八〇一五円である(詳細は、別紙損害額計算表記載のとおりである。)。

そして、これに前記認定のとおり三割の過失相殺をした金額である金八七九万〇六一〇円が、原告に対して支払われるべき損害賠償額となる。

(二)  なお、原告が本件不法行為により精神的損害を被ったことは推察されるが、財産上の損失は財産上の請求により回復するのが原則であり、本件においては、これ以上に特に慰謝料を認容すべき事情も認められないから、慰謝料請求は理由がない。

(三)  原告訴訟代理人が原告から本件訴訟追行の委任を受けたことは記録上明らかであり、本件訴訟の事案の内容、立証の難易等を考慮し、本件不法行為による原告の損害としての弁護士費用は九〇万円が相当である。

五  結論

以上によれば、原告の本訴請求は、被告会社に対し、金九六九万〇六一〇円及びこれに対する訴状送達の日の翌日である平成三年一一月一五日から支払済みまで年五分の割合による金員の支払いを求める限度で理由があるから認容し、その余の請求は理由がないから棄却することとし、訴訟費用につき民訴法八九条、九二条を、仮執行宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 大谷種臣 裁判官 上原裕之 裁判官 広瀬千恵)

〈以下省略〉

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